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尾野真千子さんのデビューは中学3年生でしたが、その後は長い下積み時代が。

 

連ドラ「カーネーション」でブレイクするまでは、スナックでアルバイトもしていました。

 

今回は、尾野真千子さんの幼少期、実家、出演作品、結婚と離婚などについて調べました。



尾野真千子さんの誕生

1981年11月4日、奈良県吉野郡西吉野村で生まれました。

 

西吉野村という住所は現在、五條市に合併されてしまって無くなっています。


航空写真で見ると、鉄道沿線に住居がありますが、他はほぼ山です。

 

尾野真千子さんの実家の隣の家は山の向こうで、バス停まで30分以上と、かなり山奥にあるそうです。

 

福寿草という天然記念物が生えていて、観光シーズンは尾野真千子さんの実家の庭を観光客が通っていくそうです。

 

家には尾野真千子さんのポスターが貼ってあり、知らない人が見ても分かるようです(笑)

 

子供の頃はお姉さんたちと山を駆け回り、おやつには道端の草や木の実を食べ肉はイノシシや鹿の肉を食べていたそうです。

 



尾野真千子さんの家族

家族は、両親と尾野真千子さんが末っ子の4人姉妹です。

「真千子」という名前は、長女から「」、次女から「」、三女から「」と一文字ずつ取って名付けられました。

 

このため、芸能界入りする時には、

お姉ちゃんたちの名前をもらったんで、芸名はつけない

 

姉妹の応援があるから変えない

と言い、家族を泣かせました。

 

お姉さんたちの権力は絶大で、ビストロスマップに出演したときはお姉さんの命令で、いつもは中居正広さんが鳴らすを尾野真千子さんが鳴らしていました(笑)

 

尾野真千子さんの幼少期

生まれてきた時は4000gあった尾野真千子さんですが、幼少期は身体が弱かったそうで、小児喘息や肺炎を患い、アトピーもあったそうです。

現在は、全部治ったとラジオで話していました。

 

また、子供の頃は恥ずかしがり屋で、保育園で劇の出番が来ると涙をためて喋れなくなっていたそうです。



尾野真千子さんの中学校時代

1994年、中学に入学しました。

 

身体の弱かった尾野真千子さんは、中学では卓球部に入っていました。

映画にスカウト

中学3年生の時、学校で職員の下駄箱掃除を一生懸命している姿が、ロケハンに来ていた河瀬直美監督の目に止まり、「あんた、何してるの?」と声を掛けられました。

 

普通は学校の掃除などサボりたがるのに、「一生懸命掃除をする変わった子」と思われ、映画の主役にスカウトされました。

 

映画の撮影は夏休みに行われ、尾野真千子さんが中学3年の受験生だったので、河瀬監督が自ら家庭教師を務めたそうです。

 

監督によると、尾野真千子さんは勉強が全くできなかったそうですが、村に生えている草の名前は全部言えたそうです。

映画「萌の朱雀」

このような苦労もあって、尾野真千子さんの主演映画「萌の朱雀」は1997年に公開されました。

この映画で河瀬直美監督は「第50回カンヌ国際映画祭」新人監督賞を受賞し、尾野真千子さんも「第10回シンガポール国際映画祭」の主演女優賞など数々の賞を受賞しました。

女優の夢

映画の撮影後、尾野真千子さんの夢は「女優」になりました。

ただ、その理由は

「とにかく、この人ら(撮影スタッフ)と一緒におりたいという気持ち。

 

今までの自分の人生で出会ったことのない方たちだったので、話をしたり、一緒にごはんを食べたりする毎日が、とにかく楽しかった。

 

だから、撮影が終わった時は本当に辛かった。この人たちにもう一度会いたい。

 

それには、東京に行ってこの仕事に就けばいいんだと。」

と話し、初めての撮影が本当に楽しかったことを打ち明けました。

 

尾野真千子さんの高校時代

高校は、奈良県立御所高等学校(現:青翔高校)に入学しました。

ドラマ初出演

1998年、高校2年生のときNHKのドラマ「余命半年 生前給付3000万円の夢」でドラマ初出演しました。

この後、いくつかの作品に出演しますが、大きな役には恵まれず、ほとんどがチョイ役でした。



尾野真千子さんの高校卒業後

2000年11月に高校を卒業すると、両親の反対を押し切って上京し、女優を目指しました。

アルバイト

お父さんが仕送りするのを禁じたため、不動産屋、眼鏡屋、スナックなど、ひたすらアルバイトをしました。

「18歳から26歳くらいまでですね。

1か月1万円で過ごすのは当たり前で、明日の家賃どうしようかと悩んだり、家賃を数か月滞納したこともありました

と、下積み時代を話していました。

上京してすぐに働き始めた東京の池上にある「スナック817」では10年間働いていたそうです

ただ、マイナスとしては捉えず、

「滞納した家賃を払いに行くと、それを許してくれる大家さんがいたり、商店街の人たちが私の苦労を知って協力してくれたり、応援してくれた。

 

だから死なずに済んだし、そういったことが今の私の芝居に対するひらめきになっている

と、ポジティブに捉え、売れっ子になった今もその頃の苦労は役立っているそうです。

オーディション

上京してからは、オーディションを受けてもことごとく落とされ、

これ本当にオーディションをやっているの?と思うくらいに受からず。

受けては落ちるの繰り返し」

で、自信喪失していたそうです。

 

奈良の実家には、お金が無くて帰れないことを言えず、「忙しいから帰れない!」と嘘をついていたそうです。

 

2007年・「殯の森」

2007年11月の誕生日で26歳。

 

尾野真千子さんが芸能界入りするきっかけとなった河瀬直美監督の映画「殯の森(もがりのもり)」で再び主演を務めました。

 

尾野真千子さんは、この作品で初めてヌードを披露しました。

 

「殯の森」は、第60回カンヌ国際映画祭で「審査員特別グランプリ」を受賞し、尾野真千子さんの名前も一躍有名になりました。



2010年・「Mother」

2010年11月の誕生日で29歳。

 

ドラマ「Mother」では、芦田愛菜ちゃん演じる娘を虐待する母親を演じました。

 

恋人役の綾野剛さんと一緒に愛菜ちゃんを虐待し、ビニール袋に入れて捨ててしまうというイメージダウン必至な役柄でした。

共演芦田愛菜ちゃん中学受験に合格!2018年までドラマ一覧をまとめました。
2018.6.26
尾野真千子さんのデビューは中学3年生でしたが、その後は長い下積み時代が。 連ドラ「カーネーション」でブレイクするまでは、スナックでアルバイトもしていました。 今回は、尾野真千子さんの幼少期、実家、出演作品、結婚と離婚などについて調べました。...…

 

芦田愛菜ちゃんとは、映画「のぼうの城」、ドラマ「はなちゃんのみそ汁」でも母娘役で共演しています。

「のぼうの城」「はなちゃんのみそ汁」では優しいお母さん役です

 

2011年・「カーネーション」

2011年11月の誕生日で30歳。

 

2011年10月から放送されたNHKの連続テレビ小説「カーネーション」でヒロインの小原糸子を演じました。

連続テレビ小説のオーディションには何度も落ちてきた尾野真千子さんですが、ようやく1850人の応募者の中から選ばれました

 

NHKの連続テレビ小説に出演することが、親孝行だと思っていた尾野真千子さんは、スーパーで買物をしている時にオーディション合格の知らせを聞き、スーパーで大泣きしたそうです。

 

そして、実家に電話で報告すると家族全員で泣いたそうです。

 

また、前年に「Mother」で一緒に虐待する役だった綾野剛さんと再共演し、イメージ回復しました。

綾野剛さんはブレイク前だったので、そもそも気づいていない人も多かったとか

「カーネーション」は、ドラマとしての評価も高く、「ギャラクシー賞大賞」など数々の受賞し、2018年4月からは「朝ドラ」なのに夕方4時から異例の再放送がされました。

 

また、主題歌「カーネーション」を歌う椎名林檎さんがこの年の紅白歌合戦に出場し、尾野真千子さんも応援出場しました。

ほっしゃん。さん

「カーネーション」で共演したお笑い芸人のほっしゃん。(現:星田 英利)さんとの交際が2012年にフライデーされました。

ツイッターでの仲の良さそうなやり取りもありましたが、

「むっちゃ仲が良いだけ。本当にそうなんです」

と交際を否定していました。

 

当時、結婚していたほっしゃん。さんは離婚し、尾野真千子さんは交際が噂されていた高橋一生さんと破局したと言われています。

その後、ほっしゃん。さんは2014年に元嫁と再婚しています

 

2013年・「最高の離婚」

2013年11月の誕生日で32歳。

 

2010年のドラマ「Mother」の脚本を書いた坂元裕二さんのドラマ「最高の離婚」に出演しました。

 

「最高の離婚」では真木よう子さんとWヒロインを務め、この年の映画「そして父になる」でも2人は共演しました。

真木よう子さんと尾野真千子さんはプライベートでも仲がよく、一緒にカラオケに行って踊ったりディズニーランドに行ったりするそうです。

 

ディズニーランドに行った時は二人共すっぴんだったそうで、二人とも化粧が面倒くさいんだそうです♪

このドラマ『最高の離婚」では、またまた綾野剛さんとの共演し、4年間で3度の共演となりました。

 

2015年・尾野真千子さんの結婚

2015年11月の誕生日で34歳。

お相手は?

7月26日に芸能事務所「LDH」の専務取締役・森博貴さんと結婚したことが発表されました。

 

「LDH」はEXILEが所属する芸能事務所で、森博貴さんの一卵性双生児の兄・雅貴さんが副社長を務めています。

馴れ初め

2014年の夏、EXILEのメンバーと尾野真千子さんが「最高の離婚」で共演し、その打ち上げに森博貴さんも出席していて知り合ったそうです。

 

森博貴さんの年齢は結婚当時45歳で、尾野真千子さんとの年齢差は11歳でした。

 

交際期間1年での結婚となりました。

離婚

結婚から約2年後の2017年9月に離婚が発表されました。

離婚届は代理人が提出し、慰謝料はゼロでした。

 

尾野真千子さんからは

「お互いにいい刺激を与えあってはいましたが、夫婦という生活にはなりませんでした。

私が求める生活と彼が求める生活の違いから、お互い新しい道を進んだ方が幸せになれると考えました」

と、コメントが発表されましたが、詳しい離婚の原因は分かっていません。

 

二人の間に子供はいませんでした。

2017年・釣りよか

2017年11月の誕生日で36歳。

 

尾野真千子さんは、2016年にAbemaTVの「趣味ナマ!〜釣り編」に出演した時が初釣りでした。

 

この時は事務所の先輩、田中隆三さんの番組のゲスト出演でした。

田中隆三さんは、田中裕子さんの弟です

 

そして2017年には、なぜかYouTubeの「釣りよかでしょう。」に尾野真千子さんが出演してました。

半分素人?のYouTuberの動画に何故、尾野真千子さんのような大物女優が出演したのかは謎になっています。

 

とくに知り合いという感じでもないので、「釣りよかでしょう。」の所属事務所「UUUM」マネーが動いたとの噂ですが…。

 



2018年のドラマ

2018年11月の誕生日で37歳。

 

2017年はドラマ出演は無かったのですが、2018年は7月放送のTBSドラマ「この世界の片隅に」に黒村径子 役で出演することが発表されました。

 

「この世界の片隅に」は、元々は漫画が原作で、2016年にアニメ版の映画が公開されています。

 

黒村径子は、主人公すずの小姑です。

物をズバズバ言う性格で、”すず”にイヤミも言うのですが、まだ若い”すず”を気遣う場面もあるという微妙な立ち位置です。

 

尾野真千子さんの演技力が光りそうな予感がします♫

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2018.6.26
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最後までお読みいただきありがとうございました。