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40歳を過ぎた今も、若い頃と変わらずかわいいと評判の内田有紀さん。

 

2018年は初めての朝ドラに出演するなど、元旦那・吉岡秀隆さんとの離婚後、仕事も順調です。

 

今回は、内田有紀さんの幼少期から、デビュー整形の噂結婚離婚などについて調べました。



内田有紀さんの誕生

1975年11月16日、東京都中央区日本橋で生まれました。

 

有紀」は本名で、祖母が名付け親だそうで、「有名な子供になってほしい」との願いが込められているそうです。

 

家庭環境

父親が六本木で飲食店を経営していたため、実家は裕福でした。

 

また、一人っ子だったので、幼少期からいくつもの習い事をしてきました。

 

3歳から5歳まで日本舞踊、3歳から10歳までバレエを習っていました。

 

幸せな家庭環境かと思いきや、両親の喧嘩が絶えず、いつもピリピリした雰囲気の中、親の機嫌を伺いながら生活していたそうです。

 

小学校時代

 

小学校では体操部陸上部に入るなど運動神経は抜群でしたが、球技は苦手だそうです。

 

子供の頃は、ままごとなど女の子遊びは嫌いで、男の子と遊ぶことが多く、外で走り回って遊ぶような活発な子供だったそうです。

 

一方、小学2年生の時、ついに両親が離婚し父親に引き取られました

 

その後、父親の離婚を機に母親に引き取られました。

 

ところが、今度は母親が再婚し、祖父母に引き取られ、たらい回しにされました

 

芸能界

祖父母のもとでは、おじいちゃんが水戸黄門の大ファンで、その影響で内田有紀さんも水戸黄門のファンになり、「水戸黄門のおじいちゃんに会いたい」と、芸能界に入りたいと思うようになったそうです。

 

小学校6年生の時、新聞社の関係者と知り合いだった母親がCMに出演することになりました。

 

その現場についていくと「モデルにならない?」と誘われ、芸能界入りしました

 

中学2年生の頃にモデルの仕事もしますが、この頃は仕事が楽しくなくバイト感覚で、入ったお金はカラオケ代に消えたそうです。

 

中学時代

私立藤村女子中学に進学しました。

 

入学した当初は器械体操部に入りましたが、身長が伸びすぎたため、体操は諦めました。

 

そして競技人口の少ない種目で、下積みも無くオリンピックも狙えそうということで、フェンシング部に入りました。

 

都大会では3位まで行ったそうですが、何校出場していたのかは謎です(笑)

私立藤村女子中学は東京女子体育大学の系列校で、スポーツに力を入れています。

 

内田有紀さんも女優にならなければ、フェンシングでオリンピックか、体育の先生を目指していたそうです。

 

フェンシングに夢中になっていた中学時代ですが、近くの学校の先輩との恋愛も。

 

14歳の時、ラーメン屋の前でファーストキスをしたそうです。

なぜラーメン屋!


内田有紀さんの高校時代

高校は、中学からの内部進学で私立藤村女子高校に入学しました。

 

しかし、高校に入学したときに一人暮らしを始め、アルバイトやモデルで生計を立てていました。

ショートカット

内田有紀さんと言えば「ショートカット」と言うくらい、ショートカットのヘアスタイルしか見たことがありません。

 

芸能界に入ってすぐの頃は、胸くらいまであるロングヘアでした。

 

ところが、女優を始める前にモデル事務所の先輩が、「有紀ちゃんショートカット似合いそうだよね」と言われ、その日に髪を切ったのがショートカットの始まりでした。

その後は、ドラマが忙しくなり、シーンのつながりを考えると伸ばすことが出来ないので、ずっと髪型はショートになっているのです。

 

1992年・ドラマ初出演

高校2年のとき、フジテレビの「その時、ハートは盗まれた」でドラマに初出演しました。

 


このドラマは同性愛をテーマにしていて、主役の一色紗英さんとのキスシーンがあり、それがとても恥ずかしかったそうです。

 

放送されている時間は番組を観ないようにファーストフード店に行っていたそうです。

このドラマの出演後、数多くのフジテレビのドラマに出演しています。

 

キャンペーンモデルと退学

同じく高校2年生の冬にユニチカの水着キャンペーンモデルに選ばれました。

女優とモデルで仕事が増え、芸能活動に専念するため高校を退学しました。



1993年「ひとつ屋根の下」

 

フジテレビの大ヒットドラマ「ひとつ屋根の下」にワガママな女優・日吉利奈役で出演しました。

心臓病を患いながら、福山雅治さんと恋に落ちるストーリーでした。

 

福山雅治さんと千原Jrさん

プライベートでも福山雅治さんとの交際が噂され、福山さんの「桜坂」は内田有紀さんに贈った曲だと言われたことも。

 

この噂については、なんの証拠も無いので、ガセネタの可能性が高いようです。

 

その後、2007年にフライデーされた千原Jrさんと福山雅治さんが、同じ日に結婚したことでも話題になりました。

 

1994年・女優と歌手と整形

1994年11月の誕生日で19歳。

ドラマ初主演

1994年フジテレビの「時をかける少女」で、ドラマ初主演を務めました。

 

デビューして間もない菅野美穂さんが、同級生役で共演しています。

 

そして、「安室奈美恵 with SUPER MONKEY'S」時代の安室奈美恵さんが妹役で出演しています。

 

年齢は、内田有紀さんが菅野美穂さんと安室奈美恵さんよりも2歳年上です。

 

歌手デビュー

この年、「TENCAを取ろう! -内田の野望-」で歌手デビューを果たし、オリコンチャートで初登場1位になりました。

 

女性ソロ歌手のデビュー曲で初登場1位という記録は、今でも内田有紀さん一人だけの記録で、当時の人気の高さを物語っています。

 

このCDは初回版に握手券が付いていたので、その効果も大きかったようです。

○○Bと同じ方式!

 

ラジオで整形告白?

1994年から、ニッポン放送の「内田有紀 夜空にYOU KISS!」という番組のパーソナリティを務めました。

昔のラジオ番組なので、今ならセクハラで取り上げてもらえないような内容のリスナーからの質問にも答えていました。

 

エッチは好きですか?」といった質問も紹介していました。

 

このときの答えは「内緒」でした。

 

 

そのうちの一つにリスナーから「整形していますか」と質問が来たときに、

「してるに決まってるでしょう! 有紀は芸能人だよ!みんな整形してるんだからっ!

と、答えたことから、内田有紀さんが整形を告白したと、ザワつきました。

 

じつは、整形してるという発言の直後に

「ハハハハ違うって! あたしは整形していません!

と、自分で否定しています。

 

つまりノリツッコミっていうやつですね♪

 

前半部分の質問に乗っかった部分だけが拡散してしまい、今でも信じている人がいるようです。



2000年・「北区つかこうへい劇団」

2000年11月の誕生日で25歳。

 

1999年につかこうへいさんの舞台「二代目はクリスチャン」を観て感銘を受け、演技の勉強をやり直すため、2000年1月から「北区つかこうへい劇団」に入団しました。

 

仕事の合間に、週4回の授業と日本舞踊、ジャズダンス、アクション、発声練習のレッスンを1日6時間受けていました。

 

演技の勉強の末、つかこうへいさんの舞台「蒲田行進曲完結編 銀ちゃんが逝く」では主演を務めました。

 

女優業に専念するため3年間の予定で歌手業は休業しましたが、3年後以降も新曲はリリースされていません

 

2002年・北の国からと結婚と引退

2002年11月の誕生日で27歳。

 

「北の国から」シリーズの「北の国から2002遺言」に高村結(たかむらゆい)役で出演しました。

 

ドラマは、吉岡秀隆さん演じる主人公・純と結婚するストーリーでした。

 

北の国から田中邦衛の現在は?「北の国から」他、デビューから2018年までの出演ドラマ。
2018.6.11
40歳を過ぎた今も、若い頃と変わらずかわいいと評判の内田有紀さん。 2018年は初めての朝ドラに出演するなど、元旦那・吉岡秀隆さんとの離婚後、仕事も順調です。 今回は、内田有紀さんの幼少期から、デビュー、整形の噂、結婚、引退などについて調べました。...…

 

結婚

実生活でも「北の国から」での共演を機に吉岡秀隆さんと交際が始まり、2002年12月7日に富良野プリンスホテルで結婚式を挙げました

吉岡さんは内田有紀さんとの結婚について

「撮影で同じ宿に泊り、同じものを食べた。

 

彼女は壁のない人だった

 

雪の中でウエディングドレスを着たいということだったので、もう富良野しかないと思って、倉本先生に相談したら、『任せろ』と言ってくれた」

と話していました。

 

プロポーズの言葉などは、発表されていませんが、ドラマの撮影中にしていたそうです。

 

引退

結婚に先立ち、11月28日には芸能活動を停止し、ファンクラブ「Yuki組」も解散し、芸能界を引退しました。

 

最後の会報では、

「吉岡さんの良き伴侶として、今は新しい家庭をつくる事に専念したいと思っていますので 、YUKI組のみなさん、どうか、あたたかく見守って下さい」

と直筆で書かれていました。



2005年・離婚

2005年11月の誕生日で30歳。

 

吉岡秀隆さんと内田有紀さん夫妻は、仲良く買い物に行く姿を目撃されたりしていたのですが、結婚から3年たった2005年、離婚が発表されました。

 

離婚の理由について、詳しくは発表されていません。

 

吉岡秀隆さんが多忙になり、家に帰ることが少なくなったため、寂しさを募らせた内田有紀さんから離婚を切り出しました

 

この頃、吉岡さんは、ドラマ「Dr.コトー診療所」で沖縄の与那国島に長期滞在したり、映画「四日間の奇蹟」、「ALWAYS 三丁目の夕日」、「博士の愛した数式」などの映画でかなり忙しかった時期でした。

孤独に耐えきれなくなった内田有紀さんが、11月に「一緒にいるほうが孤独」との書き置きを残し、家を出たそうです。

 

吉岡さんの方は、何が悪かったのか理由が分からなく、かなり落ち込んでいたそうです。

 

吉岡さんとの間に子供はいませんでした。

 

 

離婚した内田有紀さんは、ドラマ「誰よりもママを愛す」で、芸能界に復帰しました。

結婚するときにファンクラブについて「いつかまた、内田有紀が芸能活動に復帰した時には、YUKI組も再開したい」と会報に書いてありましたが、現在も再開されていません

 



2012年・「最後から二番目の恋」

2012年11月の誕生日で37歳。

 

内田有紀さんの演じる役は、元気で明るくて正義感が強い役柄ばかりだったのですが、「最後から二番目の恋」では、内向的で人と目を合わせ無いような女の子を演じました。

 

このドラマは内田有紀さんの女優としての転機になったそうで、役の幅が広がり、いろいろな役を演じることが出来るようになったそうです。

 

顔が半分くらい隠れているので、ドラマが始まって最初のうちは、内田有紀さんだと気づかない人も多かったのではないでしょうか。

2018年・「まんぷく」

2018年11月の誕生日で43歳。

 

数々のドラマに出演している内田有紀さんですが、意外にもNHKの朝ドラには出演したことがありませんでした。

 

2018年10月の「まんぷく」が初の朝ドラ出演になります。

今井家の三姉妹で長女の咲を内田有紀さん、次女の克子を松下奈緒さん、三女の福子を安藤サクラさんが演じます。

「家族のみんなの、一応大黒柱を仰せつかってますので、一生懸命、清く正しくチャーミングに演じたいと思っております

 

皆さん、よろしくお願いいたします。」

と、意気込みを語っていました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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